第一高等学校・東京大学弁論部

弁論

弁論とはなにか、と問われたら、答えられますか。

大勢の人を前に、ひとりで壇上に立ち、マイクを持って、喋る。たとえばこんな漠然としたイメージをお持ちなのではないかと思います。では、続けて問いましょう。それは小学生の「スピーチ」や学校の「授業」、あるいは「司会」と何が違う?何が弁論で、何が弁論ではないと言える?学校の先生が数学を教えながら「これは弁論だ」と言ったなら、その授業は弁論になる?……なんだか、いきなり哲学みたいなお話になってしまいましたが、残念ながら、弁論には確たる定義はない、と言わざるを得ません。

ただ、おおむね受け入れられている定義があります。それは「弁論は説得のための道具だ」というもの。歴史を遡れば、古代ギリシャのアリストテレスが著書『弁論術』のなかで「弁論術とは、どんな問題でもそのそれぞれについて可能な説得の方法を見つけ出す能力である」と述べるように、古くから弁論は説得の方法という位置づけを与えられてきました。この点で前述の授業などとは区別できるのではないでしょうか。(説得の定義もさまざまありますが、ここでは説得とは言葉によって人を自分の意見に賛同させることとします。)

さて、具体的に我々東大弁論部はどのような弁論、つまり説得を試みているのでしょうか。

これを「テーマ」、「論理」、「声調・態度」という言葉にわけてみていきます。

 

・テーマ

その弁論で「なにを」訴えたいのか、説得したいのかという根本的な部分です。

ここで強調したいのは、テーマは「何でもいい」ということ。たとえるなら小学校の「自由研究」のテーマみたいなものです。自分が気になったこと、これは伝えたいと思ったことならば、基本的にはどんなことを話してもいいのです。実際東大弁論部をはじめ、各大学が主催する弁論大会のほとんどは、テーマが自由となっています。

最近の弁論大会でも、いじめや虐待など身近な問題から、教育、医療、労働、交通、防衛、あるいは政治体制そのものに対する主張など、実に多岐にわたるテーマが選択されました。

 

・論理

今何が起きているのか、何が問題か、どうすれば解決するのかを、データと分析によって具体的に示していく部分です。「スピーチコンテスト」との最大の差異であるといえるでしょう。いくら立派なテーマを設定しても、どれほどうまくしゃべれても、この部分がなっていなければ相手に賛同させるまではいかないはずです。

論理とは何か。『地方の交通を守るべきだ』という主張を例としてみていきましょう。

 

1,いま、何が問題か……「内因性」

現実的にいまどのような問題が起こっているのかをデータや実例から分析します。たとえば『地方では公共交通機関が減便・廃止され人々が困っている』。つまり問題提起で、この後続く部分で解決を図ります。つまりこの問題が実際に起こっていなければ弁論が成り立ちません。「そんな問題起きていないよ!」と言われないように、『実際に多くが廃止された』というデータや『それによりお年寄りを中心に困っており命の危険さえあった』実例を示していく必要があります。

次に、なぜその問題が起きているのかを分析します。たとえば『過疎化が進んで採算が取れなくなっている』あるいは『住民のニーズと実態があっていない』など。問題点のボトルネックを洗い出していくことで、それさえ解決すれば主たる問題も解決する、というストーリーです。当然、ボトルネックの分析が間違っていればそれが解決しても問題は解決しません。

 

2,どうすれば解決するか……「政策」「解決性」

1で分析した問題点を解決する方法を示します。先ほどの分析が『過疎化が原因』なら過疎化を解決する方法を示し、『ニーズに合ってない』ことが原因ならそれを合わせる方法を示す必要があります。これによって問題が本当に解決するのか、あるいは副作用で問題が再燃しないか、実例などを示しつつ証明する必要があります。

 

3,なぜ、解決する必要があるのか……「重要性」

政策にはリスクやコストがかかります。もしノーリスクノーコストで問題を解決する手段があるとすれば、そんな問題はとっくに解決されているか、あるいは解決するに足らないどうでもいい問題のどちらかでしょう。この部分は、「なぜ、それだけのコストを払ってまで、その問題を解決する必要があるのか」、あるいは「この問題を解決する理由はなにか」を訴える部分です。『地方で人が困っている』問題を解決するために、『東京の人から税金を徴収する』ならば、東京の人に負担を強いてまで解決する必要性を示す必要があります。『豊かな人が苦しい人を救うべき』という道徳論や、『地方が元気じゃないと地方に食料を頼る都市の人も困る』といった助け合いの考え方がありえますが、もしこの部分が納得できるものでなければ、コストを払ってでもその問題を解決しなければならないとは言えないでしょう。

 

これは例にそった論理ですから、テーマが変われば論理構成も変わってきますが、人にものを論理的に説明するためには何段階かのプロセスが必要、ということです。

 

・声調・態度

弁論は、人前で訴える点で論理だけを示せばいい論文とは異なります。いくら論理が優れていてもその訴え方次第で説得力は変わってしまうものです。たとえば早口で聞き取れなければその論理は意味をなしませんし、人工音声で読み上げた文章も頭には入ってこないでしょう。近年の例では、小泉元首相や橋下元大阪市長は力強い物言い、断言的な口調で支持を集めましたし、オバマ大統領はわかりやすい語り口とキーフレーズで大きな支持を得ました。これら声のトーン・速度・間の取り方・強弱・身振りといった読み方や、問いかけ・キーフレーズ・笑いなど様々な側面によって論理に大きな説得力を付加し、人の心を動かすことにつながります。

 

 

さて、長々と述べてきましたが「よくわからないよ!」と思った方も多いかと思われます。そんなあなたにこそ、実際に弁論を見に来ていただきたいのです。「どんなテーマで、どんな論理で、どんな風にしゃべっているんだろう?」と現場を見ることで、説得とは何かを知るきっかけになると思います。もちろん部に参加していただければ、自らがその説得を行う側にもなれます。先輩に指導を受け、あるいは同期、さらには数多くの他大学との切磋琢磨することで、きっと説得の力は格段に上がるはずです。今いる部員もほぼすべてが弁論未経験者ですが、わずか1,2年で、人を納得させる弁論を作り上げられるようになっています。その力は、名だたるOBの存在や、最近も毎年数多くの官僚・法曹関係者や有名企業就職者などを輩出している事実からも証明できるでしょう。

 

新歓や、五月祭・総長杯弁論大会に、足を運んでいただければ幸いです。

(演練局弁論課長・前田修志)